thirdplace’s diary

三重県四日市市にあるフリースクールです

子どもたちの声⑧

 

前回に引き続き、卒業生の文章を掲載しています。

先生と話す内に体裁や偏差値ではなく、本当に学びたいことを学ぶことが人生の価値に繋がるのだと感化され、元々志願していた大学の他に、勧めていただいた大学の中から関心のある大学を受験しました。主に文学・哲学系統の大学学部です。そしてその大学に合格し、都内の大学に進学しました。

元々集団行動や組織が苦手な人間なので、大学では入学後すぐに単位を落とし、試験を落第し、それもあまりにも単位数が少ないので教授に心配され呼び出されたこともありました。しかしある程度自分の裁量で授業を選択し勉強できる点は助かり、勉強自体も苦ではなかったので留年することもなく徐々に慣れていきました。

 

大学では友人に恵まれ、高校時代にいじめに遭い不登校だった子や、発達障害を持っている子、通信制高校に通っていた子など様々な出会いがありました。自分だけが人に理解されない孤独な人間なんだとばかり思って生きてきましたが、世の中様々な事情を抱えた人間もいて、決して自分だけではないことを知りました。またサードプレイスで考えてきたことがそれらの仲間と共有でき、余計に仲が深まったり、「そういう選択がしたくても勇気が無くてできなかった、羨ましい」と言われることもありました。モラトリアムな大学の気風の中、大量の本を読んだり、小説を書いてみたり、日本一周旅をしたりと思うままに過ごしました。

 

 卒業後は他大学の大学院で歴史を勉強したいと思い、契約社員で塾講師として働く傍ら1年勉強しましたが受からず。もう一年契約社員として働きながらフラフラし、その後同業界で転職し現在は正社員として都内で働いています。毎日スーツを着て混雑した電車で会社と家を往復する日々です。(続く)

 

 

子どもたちの声⑦

 前回から、卒業生が書いてくれた文章を打っています。今日は続きです。

「誰かに認められるために人は生きているのではない」と話す先生は、どこか他の大人と違っていると高校生ながらに思いました。ここなら自分のペースで学べるし、大学受験の対策もしてもらえる。それに僕が人生の中で探していた決定的な何かがここにある気がするという確かな直感がありました。学校を辞め、どうにかしてここに行けないかと思い、その決意を固めます。ですがそれからが大変でした。

教育への違和感や自分の考えを周囲に必死に伝えましたが、返ってくる言葉は「せっかく進学校に行ったのだからもう少し我慢して通いなさい」「学校に通えないなら社会に出てもやっていけるわけない」「学校を辞めるなんて逃げだ」「周りに迷惑をかけるな」などと理解はまるでされませんでした。ですが、その時感じた気持ちや直感が僕にとっての動かし難い真実です。

学校や親と散々揉め、けんかの挙げ句家出をしたりと紆余曲折の末、周囲もようやく折れてくれました。通信制高校の転入手続きが済み、この場所に漕ぎつけたのは高校3年の6月。正式にサードプレイスに入塾した初日、先生が「自由を手に入れたね」と言ってくれたのを今でもよく覚えています。それからはまさにその名前の通り、僕にとって学校でも家でもない第三の居場所になりました。

フリースクールでは、高校2年間で取った単位を通信制に引き継ぎ、高卒の資格に必要な残りの単位を取るためのレポート作成や学習を助けてもらいました。大学受験の為の勉強や科目については僕の希望を尊重していただき、僕が使っている問題集で授業をし、志願した大学の過去問の対策をしてもらうなどしました。

また、社会問題を扱う新書や本を貸し出ししてもらい先生と話し合ったり、小論文の対策として時事問題や特定のテーマについて作文指導をしていただきました。それは世の中を外からじっくり眺め、考えを深める時間。建物の中にいるとその外観がわかないのと同様に、学校や社会の外に出たことでそれらの実態を初めて客観的に眺めることができるようになり、色んな世間の常識や洗脳から脱皮した感覚でした。そこには受験勉強の一つというより、本当の意味で社会の物事を学んでいるという実感がありました。また、僕の関心のありそうな文学作品も勧めてもらい読書に熱中するなど、文学にハマるきっかけもここでもらいました。(続く)

 

 

子どもたちの声⑥

前回に引き続き、子どもたちの体験記を掲載します。

今回は、大分前に卒業した子どもの文章なのですが、久しぶりに話しをする機会がありました。当時のことを色々覚えていたので、私だけ聴くのは勿体ないと感じました。
記録として残したいとの旨を伝えたら、彼が非常に分かりやすく、仔細にまとめてくれましたので、何回かに分割し、そのまま打っていきたいと思います。

 

9年前、僕が学校を辞めサードプレイスに入ったのは高校3年生の時でした。僕が当時通っていたのは、いわゆる進学校で中学時代に勉強を頑張って入った高校でした。しかし、得意だった勉強が高校から途端に出来なくなり、定期テストの順位は学年ドベ周辺の落ちこぼれ。それによってクラス内で馬鹿にされることも多く、いじめに近い状態に。悔しい思いからその後猛勉強して学年順位をうんと上げると、クラスメイトの態度が一変し、逆に持ち上げられるようになりました。しかしそれで良かったという気持ちにはなれず、学力や上澄みの印象だけで互いを判断し合うクラスの空気感に人間不信になり、勉強ができたところで虚無状態。


また学校から出される課題は過剰な量でついていけず、再び落ちこぼれ、学校の教育体制にも疑問を持ち始めました。部活動もうまくいかず、人間関係にも悩みますが、これまで優等生を演じてきたせいで、本心を表現する方法も勇気もありません。そこで親や周囲の目を気にして生きてきた自分の人生を変えたい、もっと自分のやり方で勉強がしたいと思い、登校拒否を決意しました。

その後は学校に行ったり行かなかったりと不安定な生活ですが、本来の自分で生きられるようになり、自分のペースで勉強も進めていきました。しかし、学校にいる限り依然として教育への疑問は募るばかり。登校拒否を度々起こすので、家では喧嘩ばかりで、問題児の自分は学校にも居場所がない。そんな精神状態のせいか、体調も悪く電車に乗っても家に引き返してしまうほど心身疲弊し、ほとんど死んだような心地で生きていました。そんな時に巡り会ったのがサードプレイスでした。

HPで塾の趣旨や立ち上げられた背景を知り、見学をした時には先生と話し合い、僕の境遇や考えも聞いてもらいました。人には多様な学び方があっていい、学校だけが学ぶ場所ではない。そんな話をしている内に、僕が学校で感じていた違和感が噛み合い、これこそ自分の求めていた場所だと、落雷の落ちたような衝撃を受けました。(続きます)

 

 

子どもたちの声⑤


前回に引き続き、子どもたちの声をまとめたいと思います。

~僕がこのサードプレイスにはじめて来たのは小学6年の冬でした。それまでは学校には週に1回登校するのがやっとで、しかも別室で過ごしていました。そういう僕のことを心配してくれて当時の担任の先生が自宅や学校以外で過ごせるようなフリースクールをいくつか探して勧めてくれました。その中から一番近い「サードプレイス」を選んで、勇気を出して母親といっしょに訪問しました。

僕は人とコミュニケーションを取るのが苦手なところがあり、だれとでも気軽に話せるということがありません。そういう弱みを感じながらサードプレイスの先生と対面しました。先生はそういうことにはまったくこだわってないようで、いままでの過ごし方や気持ちをゆっくり尋ねてくれて、僕の返事も穏やかに待ってくれました。

僕は電車が大好きでよく父親と電車でいろいろなところへ出かけたり、鉄道博物館に行ったりしていました。特にその頃は段ボールで電車を作ることに夢中になっていて、先生は僕のその趣味についての話を一生懸命聴いてくれました。それが僕にはとてもうれしくて、なんかはじめて自分が認められたような気持ちになりました。


中学生になってからも、小学校のころの勉強がほとんどできていなかったので、なかなか学校や授業になじんでいくことができず、やはり週1回くらいの別室登校でした。サードプレイスには週2日(火曜日と金曜日)に出席し、小学校の内容の学びなおしと中学校の内容を少しずつ学んで行きました。国語の教科書の文を交互に音読しました。自宅で漢字練習をしそれを先生にチェックしてもらうことを自分で決めてやり続けました。勉強の合間でやる電車や旅の話はとても楽しかったです。いつの間にか電車づくりは段ボールから木になっていました。そしてなんと、作った電車をサードプレイスの教室で走らせることができたのです。

さらに昨年、中3の秋、学校の文化祭で僕の作った電車の作品を走らせることができました。今年の4月からは高校に進学します。サードプレイスで勉強を続けながら、僕はもっと学び、行動範囲を広げていきたいと思っています。~



世の中は、「声の大きい人」「スピードが速い人」「ずっと喋り続ける人」がどうしても目立ってしまいます。
家族という少人数の集団の中でも、「声が大きな者」「すぐに怒る人」の意見ばかりが優先されていることは、往々にしてあると思います。ようは「我」が強い者が勝つという仕組みです。

不登校や障害を持った人、またHSPやASDといった、人と違う感覚を持っている人は、基本的には上に書いたような人とは真逆で「声は小さい」、「自己主張はあまりしない」、「感情もあまり出さない」ことが多いです(もちろん、個々の状況は様々なので全てパターン化してはいけないのですが)。

強い者だけが勝つという状況は、大自然という大きな仕組みから見た時には、反しています。弱者も強者もそれぞれの個性を生かし合い、ちょうど良いバランスで調和が図られるというのが、一番自然な形なのです。

ここにに来てくれる子どもたちは、強者だけが生き残るという異常な社会に歯止めをかけるブレーキ役を担っていると私は感じています。大変だと思いますが、大きな使命と役割を持っている貴重な存在だと思います。

フリースクール「サードプレイス」の詳細はこちらです。

thirdplace-mie.jimdofree.com

子どもたちの声 ④

 
 引き続き、子どもたちの体験記の体験記を記しています。

私は、2024年の9月頃からサードプレイスに通い始めました。中学1年の2学期から、私の悪口をこそこそ話していることが聞こえてから、人間関係で落ち込むことが多くなり、それからの学校生活は保健室登校 、夏休み前になると、中学校にはいけなくなっていました。そして、夏休みが明けてから 巡り合ったのがサードプレイスでした。

この1年半、マンツーマンで数学、国語、英語を学んでいます。英語の授業はわからないところがあったら何度も教えてくださり、とても助かっています。また、英検を受けるときは過去問を実際のテストのように解いてみたり、アドバイスをいただいたおかげで、合格することができました。数学は私の苦手なところを分析してもらい、過去に戻って基礎からやり直しています。そのおかげで、私の中学校ではスピードが早くてわからなかったところも、ゆっくり 理解できるようになりました。


 また、小説などを読みながら探求する、「表現・対話の授業」も受けています。私は中学で嫌なことがあってから、ずっと同年代の子と会話することが苦手になっていたのですが、表現・対話の授業でみんなと話し合っていると、だんだん楽しく会話ができるようになりました。この授業で読んだ小説は『星の王子さま』と『モモ』です。この2つの小説は込められているメッセージがとても深く、みんなと表現を話し合いながら読むことで、たくさんの学びが得られました!今は毎週サードプレイスに通うことがとても楽しみになっています。


学校に行けなくなる理由はたくさんあります。そもそも学校という場所は、とにかくたくさんの人が蠢いていますので、人間関係で何か問題が出てきてしまうと、もうそれだけで居づらくなってしまいます。

学ぶということは非常にエネルギーが必要ですから、居づらい場所で学び続けるのは酷なことだと思います。そんな時は、少し環境を変えて他で学ぶということは、人間にとってごくごく自然で当たり前の選択ではないでしょうか。


フリースクール「サードプレイス」の詳細はHPをご覧ください。

thirdplace-mie.jimdofree.com



子どもたちの声③


引き続き、子どもたちの体験記を書きたいと思います。

(勉強で悩んでいる人へ)

絶対○○高校に行きたいんだ!入学して制服着てやるんだ!と念じて、諦めずに問題を解いていたら、さっきまで分からなかったところも急にわかるようになったり、自分より学力が上の子がいても気持ちで勝つことができれば私のように合格することもあります。

受験は何があるか分からないから最後まで諦めずに気持ちを強く持って頑張れば、何とかなると思うので、勉強ができないと悩んでいる人がいたら、是非頑張って欲しいです。

不登校でも、毎日学校へ行ってても、勉強が分からないと訴える子どもは多いです。
これまでも高校・大学入試の現場に多く立ち会ってきましたが、合否の決め手は何なのかについて振り返ってみました。

もちろん、日々の勉強時間や学習内容も影響しますが、それよりもなによりも、「気持ち」「その学校に行っているイメージを強く持っていること」この2つに限ると実感しています。

当日の点数ももちろん大切ですが、「自分の人生は自分で歩くのだという気持ち」、この強さが現実創造に繋がっていると思います。


サードプレイスに関しての詳細はHPをご覧ください。

thirdplace-mie.jimdofree.com

子どもたちの声②

前回から引き続き、子どもたちの体験記を書いています。

私は約2年間「サードプレイス」に通っています。先生とマンツーマンの授業で、最初は不安でしたが、回数を重ねるうちに緊張がほぐれ、雑談が増えたり、悩みなどを気楽に話しできるようになりました。しょうもない話でも真剣に話を聴いてくれ、楽しく学ぶことができました。中3の夏から受験勉強しないといけないと頭の片隅では思っていたけれど、勉強が苦手でやる気が出ず、受験日の約1か月前から少しずつ勉強するようになりました。遅いかもしれないけど、多少の努力もしないで後悔するより、挑戦して後悔する方がいいと自分は思ったので、サボる日もあったけど少しずつ勉強してわからないとこはサードプレイスの先生に聞いたり、追い込みだったけど無事第一志望に合格することができました。

 

立ち上げた当初は、不登校の子ども対象に居場所を提供するということで始めたのですが、お問い合わせを頂く中で、学校での勉強についていけない、発達障害とまで診断はされないが、ボーダーなのでどこの塾行っても辞めてしまう・・・というようなご相談も受けるようになりました。

昔から、七(小)・五(中)・三(高)「=勉強が理解できている割合」と言われていましたが、私の体感ではもっとその割合は多いように思います。こんなに分からないのに、よくも1日6時間も教室の椅子に座っておれるなと感じることもあります。

いくらSNSが発達しても、人が生きていく上で必要な能力というのは変わらないと私は考えています。言語を操っていきるのが人間なのだから、「言葉やコミュニケーションの力=国語・英語」、衣・食・住が必要なので「家庭科」、体力維持のために「体育」、ある程度の計算力があった方が便利なので「算数」・・・と本来、学びというのは非常にシンプルで、「自分の人生を支えてくれる礎」になるものです。それが非常に複雑と化し、とにかく情報量が多すぎて混乱している子どもたちが多いように思います。