thirdplace’s diary

三重県四日市市にあるフリースクールです

吉本ばななのクラウドファンディング③(毒親の話)


前回の続きです

前々回のブログで、吉本ばななさんのクラウドファンディングの件について、以下のように書きました。

家族のことなんだから隠してもよさそうなものなのに、それを公にして皆の目に晒せるような時代、いやもう隠せない時代が来たのだ。私たち一人一人にとっても大きな変換期を迎えた象徴の出来事として私はこの件を捉えました。

今回の件は、毒親、毒親に育てられた子どもだけの範疇の問題ではないと私は感じています。人間と言うのは、エゴや感情の使い方を間違うと、誰でも「毒」のようなものを内包し、また「縁」があればそれを人に放出してしまう。そんな生き物なんじゃないかと兼ねてから私は考えているからです。
親の時代も、先祖の時代もずっとそんなことをしてきたのが人間なんだとしたら、その膿出しが今、一番きつい形で出てきているのではないでしょうか。親子関係以外でも起こる仕組みは同じだと思います。

自分の中で片づけられない感情を、人に放出したり、また自分の子どもや他人にそれをぶつけても何も解決にはなりません。かといって、自分の中でため込むのは良くない。
どうすればよいのか。。。。
そんな簡単に解決策が提案できるのであれば、社会問題までに発展するはずがないのですが、しかし、複雑に考えるのではなく、シンプルに取り組むのがいいのかと思います。

① 自分の問題(例えば親子関係、キャリア、お金、環境等から来る諸問題)から起こる感情の不足は子どもや他人を使って補完しない。
(例えば自分が親子問題を抱えてきたのであれば、自分と親との関係において、親の人生を、そして自分の人生を見つめること。そこに子どもを巻き込まない。)

② 被害にあっている人は、「今ここから」は毒の餌食にはならないと決めること。
(一度決心しただけではまた戻ってしまうので、癖になるまで決心し続けることが必要。)

③ 自分はこの出来事から何を学んで、何に気づけばよいのかを分析すること。
(人間関係に没入してしまうのではなく、少し引いた視点で見るために。また、特に被害にあっている人は延々とそのループに入ってしまうと、人を変えて同じことが起こってしまうので、そのループを断ち切るためにもこれは必要な作業だと思います。)

新しい物の見方が求められるとは思いますが、今起こっている諸々の問題は、今迄のやり方では対応できないため、未知の領域に踏み込む練習として、以上のことをコツコツ取り組んでみるのが良いと私は考えています。吉本ばななさんの文章から、色々感じたことの一つを書いてみました。